東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)3号 判決
二 そこで、先ず原告主張の審決取消事由(1)について検討する。
1 前記当事者間に争いがない審決の理由の要点3によれば、審決は、本願発明と第一引用例に記載されたものとの対比において、審決認定の相違点(1)及び同(2)の二点で相違するものの、そのほかに格別の相違は認められないと認定していることは明らかである。そして、前記当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明には、原告指摘のないし
2 原告は、審決は製造法上の比較を行なつていないので審理不尽の違法がある旨主張するが、前記当事者間に争いがない審決認定の第一引用考案の記載によれば、審決は第一引用例から印刷配線基板の製造方法を認定していることは明らかであり、前記当事者間に争いのない審決の理由の要点3ないし5によれば、審決は本願発明と第一引用考案との相違点の認定及びその検討の項において製造工程を考慮に入れて比較検討していることが明らかであるから、原告の右主張は採用できない。
3 したがつて、原告の取消事由(1)の主張は採用できない。
三 次に取消事由(2)(3)について検討する。
1 本願発明について
前記当事者間に争いのない審決認定の本願発明の要旨及び成立に争いのない甲第三、第四号証(本願明細書及び手続補正書)によれば、本願発明は、「印刷配線板の製造方法に関するもので、回路素子を印刷配線基板に接着し、かつ電気的に接続するのに適した方法を提供しようとするもの」(甲第三号証一頁下から二行~二頁一行)で、従来、「チツプ状の回路素子を印刷配線基板に直接取付ける場合、銅張積層板を用いた印刷配線基板の配線回路間にチツプ状回路素子を接着剤で固定し、はんだづけする方法が用いられてい」(同二頁三行~六行、但し甲第四号証による補正後のもの)たが、この場合、「印刷配線基板全面に塗布されているフラツクスを一旦除去してから、チツプ状回路素子を接着し、はんだづけしてい」(甲第三号証二頁六行~九行)たものであること、これは、「フラツクスが全面に塗布されている印刷配線基板を使用すると、印刷配線基板と接着剤との密着性が、フラツクスの介在によつていちぢるしく悪くなるためであ」り、「フラツクスを除去せずにチツプ状回路素子を印刷配線基板に取付けようとすると、はんだづけの際、この素子が接着剤とともに印刷配線基板から脱落することが多く見受けられる」からであり、また、「接着剤に含まれている溶剤がフラツクスを溶解して、接着剤をにじませたり、はんだづけを要する配線回路面に接着剤が付着してはんだづけを阻害したりする」(以上同二頁一〇行~二〇行)欠点があつたからであり、逆に、「印刷配線基板表面からフラツクスを除去してしまうと、工程中の熱処理などによつて配線回路が酸化されやすく、はんだづけ性を悪くするという欠点」(同三頁一行~四行)があつたこと、このため、本願発明は、これらの欠点を除去することを目的とし、前記当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲第一項の構成を採用することにより、「<イ>回路素子を印刷配線基板に強固に固定することができ、溶融はんだに直接浸漬してはんだづけすることができ、……<ロ>フラツクスと適度な相溶性を有する無溶剤型の接着剤を使用しているため、接着剤層がにじんでしまうことを防止することができ、……<ハ>フラツクスを除去する必要性がないため、印刷配線基板の製造工程中に、配線回路面が酸化されてはんだづけ性を低下させてしまうおそれがない」(同四頁二〇行~五頁八行)という効果を奏するものであることが認められる。
2 相違点(1)について
これに対し、前記当事者間に争いがない審決認定の第一引用考案の記載及び前掲甲第五、第六号証によれば、第一引用考案は、本願発明と同じ印刷配線板に関するものであるから、第一引用考案と本願発明とが技術分野を共通にすることは明らかであり、また、回路素子の電極部分を印刷配線基板上の配線回路に半田づけする(前叙の本願発明では
そして、銅張積層板を用いた印刷配線基板はきわめて周知であることは当事者間に争いがなく、銅張積層板基板は防錆目的で配線回路を有する面全面にフラツクスを塗布することが必須の要件とされることは原告の自認するところであり、フラツクスの塗布には通常スプレー法あるいは発泡法によることが第二引用例から明らかであることは当事者間に争いがないから、右周知の銅張積層板を用いた印刷配線基板に回路素子を装着する前に例えばスプレー法により印刷配線基板の配線回路を有する面全面にフラツクスを塗布することは当業者が容易になし得ることが明らかである。そして、右フラツクスの塗布に次いで、基板に回路素子を接着剤を用いて固着し、その後に半田づけを行なう方法(相違点(1))を推考することは、右の接着剤としてフラツクスと相溶性を有し無溶剤型のもの(相違点(2))を選択することが後記認定のとおり容易である以上、当業者の容易になし得ることと認められる。
原告は、セラミツク基板を用いる第一引用例のものにおいて基板全面にフラツクスを施すことは常識的に考えられないから第一引用例のものは本願発明を示唆する先行技術とはなり得ない旨主張するが、前叙のとおり両者は技術分野を共通にし、製造工程の一部が軌を一にするものであるから、第一引用例のものが本願発明の進歩性判断のための先行技術となり得ることは明らかであり、また、前記当事者間に争いがない審決の理由の要点によれば、審決は、第一引用考案のうち前叙の本願発明と軌を一にする部分を引用していることが明らかであるから、原告の右主張は到底採用できない。
また、原告は、第二引用例の記載はフラツクスを半田づけの助剤として使用しているもので、本願発明とは使用目的が異なるから、本願発明の「配線回路を有する面全面にフラツクスを塗布」して防錆処理を施すという工程を示唆するいわれはない旨主張するが、前叙のとおり、銅張積層板基板は防錆のため配線回路を有する面全面にフラツクスを塗布することが必須の要件とされることは原告の自認するところであるから、銅張積層板を用いた印刷配線基板の配線回路を有する面全面にフラツクスを塗布し防錆処理を施すことは慣用技術と認められ、第二引用例のフラツクスの使用についての記載を引用するまでもなく当業者であれば容易に想到できる事柄と認められる。したがつて、これと同旨の審決の認定は結論において相当であり、右使用目的の相異は、前記認定を左右するに足りる事情には当らず、原告の右主張は採用できない。
3 相違点(2)について
第二引用例には、保護塗料を施す場合、保護塗料としてはフラツクスとの相溶性が必要なことが記載され、更に、保護塗料の例としてエポキシ樹脂を用いることが記載されていることは、当事者間に争いがなく、エポキシ樹脂が接着剤としても周知であることは原告の明らかに争わないところである。そうすると、特段の事情のない限り、第二引用例は、フラツクスが塗布された印刷配線基板に回路素子を固定するための接着剤はフラツクスとの相溶性が必要であること及びエポキシ樹脂がフラツクスとの相溶性を有することを示唆しているものと認められる。
原告は、第二引用例に示されるエポキシ樹脂は、熱履歴を経て変化した微量のフラツクス残渣上に塗布されるものであつて、本願発明のように生のフラツクスに使用されるものではないから使用目的が異なる旨主張するので検討するに、成立に争いのない甲第七号証によれば、第二引用例には、フラツクスの標準使用法について、「洗浄したプリント配線板に部品を挿入し、デイツプソルダリングの直後(直前の誤記と認められる。)にフラツクスを塗布し、溶剤揮発後ハンダに接触させ、ハンダづけ達成後にフラツクスの残渣を除去するのが正式の使用法である。……フラツクスを溶剤で除去するのは、部品に対してときに悪影響があり、さらに露出した導体に対して保護塗料のコーテイングを行わなければならない。」(甲第七号証一五五頁七行~二一行)、「フラツクスは、プリント配線板の製作直後とデイツプソルダリングの直前との二回使われる。」(同一五六頁一六行、一七行)と記載されていることが認められ、右記載から、印刷配線板に使用されるフラツクスは、デイツプソルダリングによつて熱を受け、ある程度熱による影響を受けたものと解され、更に、右フラツクスは本来保護塗料塗布前に除去されるべきものであると考えられるから、第二引用例において保護塗料との相溶性を要求されるフラツクスは、主として熱による影響を受けた微量のフラツクスの残渣とみるのが妥当であり、それが大量の生のフラツクスであるとみることはできないという点では原告主張のとおりである。しかし、前者が保護塗料との相溶性を要求されることから後者もこれを要求されると推認することを妨げる特段の理由の主張、立証はないから、原告主張の前記事情は前記認定を妨げる特段の事情とは認められない。
また、原告は、第二引用例の保護塗料は、常温で自重を保持できる接着性があれば足りるが、本願発明の接着剤は半田づけの際の高温に耐え、回路部品の重量をも支えるだけの接着性を要求されるもので本質的に異なる旨主張するが、両者の右差異がフラツクスとの相溶性の要否に影響を及ぼすことの主張立証はない。そして、前記当事者間に争いのない審決認定の第一引用例の記載によれば、第一引用例のものは回路素子の固定のための接着剤としてエポキシ樹脂を使用していることが記載されており、前掲甲第五、第六号証によれば、第一引用例の右接着剤は後の半田づけ工程によつても充分な接着強度を有することが明らかであるから、原告主張の右事情も前記認定を左右するに足りる特段の事情とは認められない。他に右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、エポキシ樹脂は無溶剤型の接着剤であることが周知であることは当事者間に争いがないから、印刷配線基板に回路素子を固着するための接着剤としてエポキシ樹脂のようにフラツクスと相溶性を有ししかも無溶剤型のものを使用することは、当業者であれば第二引用例に基づき容易になし得ることであると認められる。
原告は、エポキシ接着剤が無溶剤型の接着剤であることが周知であつても、溶剤による稀釈使用が常識とされているから、保護塗料としてエポキシ樹脂を用いる旨の第二引用例の記載が直ちに本願発明における無溶剤型使用を教示するものとはならないと主張する。しかし、成立に争いのない乙第一号証(接着技術便覧)によれば、エポキシ接着剤は溶剤型の接着剤としてもいくらか用いられてはいるが、その特徴である無溶剤型の接着剤として広く用いられていることが認められるから、原告の右主張は採用できない。
4 以上のとおりであるから、右の判断と同旨の審決の相違点(1)(2)についての判断は正当であり、原告の取消事由(2)(3)の主張は採用できない。
四 よつて、原告主張の審決取消事由はいずれも失当であり、審決にはこれを取消すべき違法の点はないから、原告の本訴請求を棄却する。
〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲第一項は左のとおりである。
銅張積層板を用いた印刷配線基板の配線回路を有する面全面にフラツクスを塗布したのち、前記印刷配線基板の配線回路を有する面において、回路素子の電極を接続すべき導体部分の間に、前記フラツクスと相溶性を有し、かつ無溶剤型の接着剤を塗布し、回路素子を前記印刷配線基板に接着固定してから、前記回路素子の電極部分を前記印刷配線基板上の配線回路に半田づけすることを特徴とする印刷配線板の製造方法